大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和46年(行コ)12号 判決

東京都豊島区西池袋四丁目一八番七号

控訴人

堀節治

右訴訟代理人弁護士

長井清水

藤川成郎

東京都台東区蔵前二丁目八番一二号

被控訴人

浅草税務署長

庄司英

右指定代理人

須藤哲郎

高見忠義

山口憲弥

佐伯秀之

右当事者間の所得税更正処分取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。本件を東京地方裁判所に差し戻す。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の関係は、左記のほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、控訴人の主張の追加

1. 上告裁判所の判断の覊束力について。

最高裁判所第二小法廷が同裁判所昭和三四年(オ)第九七三号事件について、昭和三六年七月二一日言い渡した判決(以下本件上告裁判所の判決という。)において、右上告裁判所は、「本訴訟上告人の請求は更正処分の取消しであるから所得税法第五一条により原則として再調査決定、審査決定を経なければ提訴できないものであるが、国税庁長官又は国税局長が誤つてこれを不適法として却下した場合には、本来行政庁は処分について再審査の機会が与えられていたのであるから、却下の決定があつてもこれを前記規定にいう審査の決定にあたると解すべきことは原判示のとおりである。」と判示し、本訴の訴訟要件について、差戻前の原判示と同一の認定をしているが、右は法律上の判断であるから、当然に原裁判所(差戻後の本件第一審裁判所を指す。以下同じ。)を覊束する。仮りにこの判断が事実上の判断であるとしても、右認定事実は、本訴における訴訟要件であり職権調査に属する事項に関するものであるから、右の事実上の判断が原裁判所を覊束するものであることにかわりはない。

2. 控訴人は被控訴人に対し再調査の請求をしたものというべきである。

(一)  すなわち、控訴人は、被控訴人主張のとおり、昭和三一年一二月一八日に同日付の「昭和三〇年度分所得税更正に対する審査請求書」と題する東京国税局長宛の書面を控訴人に提出し、被控訴人は同月二一日これを受理している。これを再調査の請求とみるか、それとも審査の請求とみるかは、単なる文言の末にこだわることなく、提出者すなわち控訴人の意のあるところを明らかにし、さらに、被控訴人のこれに対する取扱いをも勘案したうえで決すべきものである。ところで、(1)所得税法施行規則四八条(本件係争当時効力を有したもの。以下法令について同じ。)によると、審査の請求書には再調査の決定に係る事項、再調査の決定を受けた年月日等を記載することを要件としているのであるが、控訴人の右請求書にはかかる記載は全然なく、かえつて「確定申告に対し右記のように更正がありましたが、私の所得金額及び税額は、調査の際再三御応答致した通りでありまして、恐縮ではありますが、再調査の上夫々適正額に御訂正を煩わしたく」と記載してあること、(2)被控訴人税務署において本件を担当した係官である訴外住友正昭が証人として、裁判長の間に対し、「いや堀さんのほうから、最初から、収支計算書は出しますという、再調査の請求でございましたんですが、」と証言していること(甲第五四号証参照)、(3)控訴人は被控訴人に対する昭和三二年一月一六日付内容証明郵便(甲第六号証)を以て、被控訴人に対し、本件貸金関係について報告していること、(4)昭和三二年二月七日控訴人は内山、上野両税理士と共に被控訴人税務署に出頭し、田村署長室で同署長の面前で、林課長の調査に応じ、貸金事実不存在を説明していること、及び(5)右の調査に平行して、控訴人及び控訴人間では税額の調整による解決交渉も継続していたこと等の事実からして、控訴人には再調査を求める意思があつたことが明らかである。

一方、被控訴人は控訴人に対し、昭和三一年一二月二一日付及び昭和三二年一月一四日付の各「昭和三〇年分所得税に関する再調査請求の補正通知書」と題する書面を以て二度にわたり、収支計算書、貸付金明細書等の提出を命じたが、右通知書には、それぞれ「お知らせ、昭和三一年一二月二一日に受理したあなたの昭和三〇年度分所得税に関する再調査請求書には不備の点がありますから、下記の事項を一二月二八日(ないし一月二一日)までに補正して下さい。もし指定期限までに補正されないときは再調査の請求は却下されることになりますから御注意下さい。」と記載されている。この事実に、右(1)ないし(5)の事実を合せ考えると、被控訴人も前記請求を当初から再調査の請求として取り扱い、その後もこれを再調査請求として手続を進めていたものというべきである。

以上のような控訴人の意向と被控訴人の取扱いからして、控訴人は昭和三一年一二月一八日前記書面を提出することによつて、被控訴人に対し再調査の請求をしたものというべきである。

(二)  なお、控訴人が適法に再調査の請求をしたことは、その後になされた東京国税局長の次の行為に徴しても明らかである。すなわち、同局長は控訴人に対し昭和三二年三月二五日付で補正通知書(甲第四号証)を発し、収支計算書の提出を命じたが、控訴人が右補正に応じなかつたので、同局長は同年六月六日審査請求を却下する旨の決定をしているところ、その理由は方式の欠缺であつて、控訴人が再調査の請求をしていないことではない。このことは、同局長が所得税法四九条四項一号または二号によつて、控訴人から審査の請求があつたものとみなしたうえでしたものというべきであつて、本件において右のようにみなすための要件が備わつていたことは次に述べるとおりであるが、右各号はいずれも再調査の請求があつたことを前提とするから、右の事実は控訴人から再調査の請求があつたことを示すものである。すなわち、被控訴人のいうように、被控訴人が控訴人の前記(一)の請求書を東京国税局庁に送付したことが、控訴人において右請求書についての右(一)記載の各補正の命令に応じなかつたため、さらに控訴人の意見を確かめたところ、控訴人から審査の請求として取り扱うことを求められたことによるものとすれば、控訴人は、被控訴人が右の請求書を審査の請求として取扱うことをむしろ積極的に求めていたことになるから前記一号所定の、再調査の請求をしたものが、税務署長において右請求を審査の請求として取り扱うことに同意した、という要件に該当するものである。また、そうでないとしても、本件冒頭記載の事実は前記二号所定の、再調査の請求のなされた日から三か月内に同法四八条五項の規定による通知がなされないとき、という要件に該当するものであつて、いずれにしても本件においては審査の請求があつたものとみなされる要件がそなわつていたものである。

3. 控訴人は、再調査又は審査の請求を経ないで本訴を提起することができるものである。

(一)  東京国税局長は、控訴人から右2(二)の経緯により送付された控訴人の前述の請求を、審査の請求として昭和三二年一月二九日受理したが、これに対し決定をすることなく経過した。ところで、同法五一条一項但書前段は、審査の請求のあつた日から三か月を経過したときは審査の決定を経ないで訴を提起できる旨規定するから、本訴は適法である。

(二)  また、控訴人には、再調査の決定または審査の決定を経ないで本訴を提起できる同条一項但書後段所定の正当な事由がある。すなわち、控訴人が本件において取り消しを求めている更正処分は、雑所得二二六万五、〇〇〇円の存在を認定したものであるが、右雑所得中には訴外大沢商事に対する(ア)元金三〇万円及び(イ)元金一五五万八、九五〇円の二口の貸金に対する遅延損害金債権が含まれていたが、控訴人は昭和三〇年末において右遅延損害金はおろか元金の回収すらできない状態であり、その後も債務者、担保提供者と裁判上の坑争をつづけたあげく、元金の回収を得るため、止むなく昭和三六年七月一九日東京地方裁判所において、控訴人は遅延損害金全部を放棄する旨の和解をなした。従つて、右裁判上の和解の時点において遅延損害金は貸倒れとなつたものというべきである。このように、貸倒れが生じた以上、前記雑所得税認定の基礎は失われ、課税年度である昭和三〇年度の雑所得の認定は違法となり、本件更正処分は、この理由によつても取り消さるべきものである。そうして、控訴人が本訴を維持しているのは、右の理由によつて本件更正処分の取り消しを求めるためでもあり、一方右の貸倒れの事実の発生を理由に所定の期間内に再調査の請求ができなかつたことは当然であるから、結局控訴人は現在において本訴を提起、維持するうえにおいて再調査ないし審査の決定を経ないことについて、正当な事由があるものである。

二、被控訴人の主張の追加

1. 本件上告の裁判所の判断の覊束力については、原審での主張に加えて、さらに次のとおり主張する。

そもそも上告裁判所の判決は、原判決破棄の理由とした判断の限度においてのみ下級審を拘束するものであつて、これを本件についていえば破棄差戻しの理由とされた「審査請求書に証拠書類を添付しないことを理由にこれを不適法として却下できない。」という法律上の判断に属する部分に限られるのである。そして右上告審判決の覊束力は、その判文上示された理由により、本件不服申立を不適法とすることはできないということにとどまり、他の理由によりそれが不適法とさるべきかどうかの点にまでは及ぶものではない。

そうして、本件控訴人の提出に係る東京国税局長を名宛人とする審査請求書と題する書面が、適法な再調査請求書及び審査請求書として取り扱われたかどうかの認定自体の当否は上告審の判断の対象となつておらず、しかも上告審が自らこれを認定したものでもないから、上告審判決の覊束力は、この点については及ばないものといわなければならない。

従つて、この点に関して、原裁判所が再度の審理をして、上告裁判所の引用した前控訴審判決の認定事実と異なる事実を認定し、その結果、上告裁判所と異なる結論を示したとしても何ら上告審判決の覊束力に反するものではないものというべきである。

またそれが、たとえ本訴における訴訟要件であつて。職権調査事項に属する事実であつたとしても、元来差戻審に対する上告審判決の覊束力は、民訴法四〇七条二項但し書きにおいて明らかにされているとおり、上告裁判所が破棄の理由とした事実上及び法律上の判断に限られるのである。そして訴訟要件の存否は職権調査事項であるから、上告審においては当然すべての訴訟要件の存否につき、職権調査が行なわれているはずであるという想定にたつて、上告審が或る理由により一の訴訟要件の欠缺があるものとした判決を不当として破棄差戻した場合、差戻審としては、他の訴訟要件の欠については一切審理判断することができず本案についてのみ判断すべき拘束を受けるものとし、上告審判決の判文上に何らの判断が示されていない職権調査事項に関しても差戻審が拘束されるとするのは、同条の規定に明らかに反するのみならず、差戻制度の本質にも反するものである。

そもそも覊束力を認める根拠は、同一事件を審判する各審級の裁判所の判断が一致しないために、事件の完結が無限に遷延されることを防ぐ必要から認められたもので、事件に対する裁判権行使を統一するためのものであり、一度上級審の裁判で取消の際に判断した事項は、当該事件の審判に関する限り既判の事項とし、以後、裁判所もこれに反する判断をすることが許されず、当事者もこれと異なる主張をすることが許されないことにするのが、事件を統一的に早く落着させるゆえんである。覊束力は、裁判所の審級を認める以上、当然の帰結なのであつて、かかる差戻制度の本質に鑑みても、上告審判決の判文に各種の訴訟要件につき、その判断を示して当該訴訟要件を具備しているものと判断しているのであれば、差戻審としてはその判断に拘束され、当該訴訟要件を具備していないとすることはできないが、或る理由により一定の訴訟要件を欠くとした原判決を上告審判決が不当としてそれのみについての判断を示して破棄差戻した場合には、上告審判決に表示された判断のみに拘束され、その判決において何ら触れるところのない他の訴訟要件の欠を採り上げて更に不適法な訴と判断しても何ら同条に違反しないものといわなければならない。したがつて控訴人の主張は失当である。

2. 控訴人は、その主張するように被控訴人に対し再調査の請求をしたものではない。

(一)  この点についての被控訴人の主張を、くりかえして要約すると次のとおりである。

(1)  控訴人は青色申告ではないから、再調査請求を経なければ所得税法四九条二項によつて審査請求ができないにかかわらず、当初から再調査請求をすることを拒否し、国税局長に対し審査請求を行なうものであることを強調し、被控訴人の補正命令にも応じなかつたものである。

(2)  被控訴人が前記控訴人提出の請求書を東京国税局長に送付したのは、右に述べたことから明らかなように、控訴人の真意が国税局長に対する審査を求めることにあつて被控訴人の再調査を求めるものでないことが明確となつたので、名宛人に送付したままであつて、もとより適法な再調査請求として扱つたものでなく、また、同法四九条四項の規定の適用を予定して送付したものではない。

(3)  東京国税局長が控訴人に対し、収支計算書を提出するよう補正命令を返したのは、審査請求書を受理した場合の通常の措置として行なつたまでのことであつて、国税局長が裁量によつて該請求書を適法な審査請求書として扱うことは同法四九条一項及び二項の規定に照らし許されないものである。

(二)  控訴人主張の前示2.(一)記載の各事実について、さらに次のとおり主張する。

(1)  まず、右(1)の事実について。控訴人主張の請求書の記載内容が控訴人のいうとおりであつたことは認めるが、右請求書の表題には、審査請求書と記載され名宛人も東京国税局長となつていた。そうして文面の内容は更正処分の取消を求めるものであることが明らかであつたので、被控訴人は控訴人の真意を確め、かつ控訴人が青色申告でないため、直接審査請求はできないから再調査請求に改めるよう説得したが、保証人はこれを了承しなかつた。このように、右請求書の趣旨は、文面からは必らずしも明らかでなかつたが、被控訴人がこれを再調査請求の趣旨に解したうえ、被控訴人に対し、正当な再調査の請求に訂正するよう指示したという経緯に照らせば、右請求書が当然に再調査の請求であるわけはなく、また、被控訴人がこれを再調査の請求として取り扱つたものでもないことは明らかである。

(2)  右(2)の事実について。控訴人の摘示する証言部分は、本来、「審査請求書と題する書面であつたが」というべきところを、たまたま再調査の請求と誤つて述べたに過ぎず、右請求書を当然に再調査請求書として扱つた趣旨でないことは、右証言部分の前後の証言、あるいはその後の同人の証言等証言の全体の趣旨から明らかなところである。

(3)  右(3)及び(4)の事実について。控訴人主張の右各事実は認める。しかし、課税庁は処分後においても常に処分の適法性妥当性について留意しているものであつて、もし、違法あるいは不当な点を発見すれば不服申立の有無にかかわらず是正の措置を採るのが通常であり、本件のように課税所得について納税者の納得が得られず、当事者間においても見解が分れている場合、前記請求書の提出後に被控訴人側に調査に類する行為があつたとしても、それは右の趣旨に出たものというべく、これを以て被控訴人が右請求を再調査の請求として取り扱つたことにはならないし、控訴人において、その主張のような行為に出たからといつて当然に再調査を求める意思であつたとはいえない。

(4)  被控訴人が控訴人に対し、その主張のとおり、二回にわたり補正を命じたことは認める。しかし、そのうち昭和三一年一二月二一日付のものは、前記請求書が再調査請求書に訂正されることを予期してなされたものであり、また、昭和三二年一月一四日付のものは右請求書を再調査請求書に訂正する意思が控訴人にないことが明らかになつたため、補正命令書の「明確にしなければならない事項」欄に、「審査の請求は再調査の決定を経てからでないと原則として請求することがでさないので再調査の請求に訂正して下さい。」との文言を記載し行なつたものであるから、これらによつて右請求書の瑕疵を宥恕し、これを再調査請求書として取り扱う趣旨でなかつたことは明らかである。

(三)  控訴人は、前記2(二)において、東京国税局長は、控訴人の前記請求を同局長に対する審査の請求とみなしたものである、と主張するが、右主張はすべて争う。

(1)  まず、所得税法四九条四号各号によつて、審査請求があつたものとみなされるのは、適法に再調査の請求がなされていることを前提とするところ、本件においてこの請求がなされていると認め難いことは、すでに縷説したとおりである。控訴人の右主張はすでにこの点において認め難い。

(2)  控訴人は、本件において同項一号所定の要件をみたす事実があると主張するが、このような事実はない。また、被控訴人は昭和三一年一二月一八日前記請求書を収受したが、東京国税局長が、これを前記のとおり移送によつて受理したのは昭和三二年一月二九日であつて、その間一か月余を存するのみであり、しかも被控訴人は同法四八条五項所定の通知もしていないのであるから、本件においては、同法四九条四項二号所定の要件も充足されていない。

(3)  以上、いずれの点よりするも、右請求書は審査請求とみなされたものではなく、被控訴人は、すでにのべたとおり、右請求書を再調査請求として取り扱うことができないので、その処理のため、表題に応じこれを名宛人である東京国税局長に移送したにすぎない。すなわち、被控訴人は、前にも述べたように、数回にわたる説得、ないしは文書による指示にもかかわらず、控訴人は、右請求書を再調査請求書に訂正する意図を全く示さず、同局長に直接審査請求するものであることを言明したため、その意にそうべく名宛人たる同局長に移送したものであるから、その結果は、控訴人において被控訴人を経由することなく、同局長に直接審査請求をしたのとなんら異ならないものである。

そうして、該請求書を受理した同局長がこれについて補正命令を発し、これに応じなかつたことを理由として却下の決定を行なつたのは、すでに述べたように審査請求に当つての形式的要件である証拠書類が一切ないために補正を命じ、ついで再調査の請求を経た適正な審査請求であるかどうかを審理したところ、控訴人が青色申告者でなく再調査請求も経ておらず、また補正命令による証拠書類の提出にも応じないので、いずれにしても不適法な審査請求となるので、たまたま決定通知書に補正に応じなかつた旨記載したものであつて、担当係官の事務処理に問題はあつたにしても、結論において誤りはなく、同局長の行なつた却下の決定は正当なものというべきである。

3(一) 右に述べたちおり、控訴人は適法に審査の請求をしていないし、またこれをしたものとみなされるものでもないのであるから、本訴が、控訴人の主張3(一)記載の理由によつて、適法となることはない。

(二)(1)  控訴人が、その主張の日時にその主張のような裁判上の和解をしたことは認めるが、これによつて控訴人主張の債権について貸倒れが生じたことは争う。

(2)  仮りに、控訴人主張の債権の放棄が貸倒れ損失にあたるとしても、債権が確定した年度の後において(本件では六年後)、貸倒れが生じた場合には、その処理は、右貸倒れの確定した年度(本件では昭和三六年度)においてなさるべきものであるから、昭和三六年における貸倒れは、昭和三〇年分の所得の計算に何ら影響を及ぼすものではない。

(3)  また、課税処分等を争う訴訟において、いわゆる訴訟前置を必要とする理由は、課税処分が、その認定が複雑かつ専門的であることから、行政庁の知識経験を活用して、迅速かつ適切に事件の解決を図ることができ、かつ大量的、回帰的な処分であるところから、不服申立の前置によつて訴訟の氾濫を防ぎ税務行政の統一的運用に資することにある。したがつて、不服申立ての前置を経なくても右の趣旨に反せず、訴願を前置することが無意味とされるような事情の存することが明らかである場合に、はじめて法五一条一項担書ににいう正当な事由があるものというべきである。しかし、控訴人のいうところは、右の意味における不服申立に対する決定を経ないで提訴することを正当とする事由ということができない。

(4)  以上のとおりであるから、控訴人に再調査の決定ないし審査の決定を経ないで本訴を提起できる正当な事由があるとの主張(前記3(二))は理由がない。

三、新しい証拠

控訴人は、甲第六二ないし第六五号を提出し、乙第一六号証の成立を認める、と述べ、被控訴人は乙第一六号証を提出し、右甲第六二、第六三号証の成立は認めるが、同第六四、第六五号証の成立は知らない、と述べた。

理由

一、本訴の適否についてまず判断する。

1  最初に本件上告裁判所の判決の覊束力について判断する。

当裁判所も、控訴人が提出した東京国税局長を名宛人とする本件審査請求書と題する書面が、再調査請求として取り扱われたかどうか、また、右が所得税法四九条四項の規定により審査請求とみなされたかどうかの点(これが本件の争点である。)については、上告裁判所の判決の覊束力は及ばないものと判断するが、その理由は、次のとおり付加するほか、原判決が、八丁表三行目から九丁表九行目までにおいて説示するところと同一であるから、これを引用する。

(一)  元来民訴法四〇七条二項にいう事実上の判断とは、職権調査事項について上告審が自らした事実上の判断を指すものであるところ、原判決のいう上告裁判所判決の前段の部分(すなわち、原判決八丁表五行目から九行目にかけてのかつこ内の部分)は、差戻前の原審の認定をそのまま判断の前提として引用しているものであつて、上告裁判所が自らした事実の認定でないことは、判文自体によつて明らかであるから、右判示部分が職権調査事項である本訴の訴訟要件に関するものとしても、この部分の裁判が前記法上にいう事実上の判断にあたるものとは解されない。

(二)  控訴人は、当審において、右上告裁判所判決の覊束力について、さらに新しい主張をしている。しかし、その指摘にかかる右判決の判示部分は、国税庁長官または国税局長がした却下のの決定にもかかわらず、なお所得税法五一条所定の不服申立を経由したと認められるべき場合についての一般の理論を差戻前の原審の判断をひいて述べたものであつて、本件についての法律上の判断でもなく、また事実上の判断でもないことは、判決を一読すれば明らかである。控訴人の主張は、判決を正解しないものであつて、採用できない。

2  そこで前記争点について判断する。

(一)  控訴人が前記申請書を提出し、東京国税局長が却下の決定をするまでの経緯についての、当事者間に争いのない事実及び当裁判所の認定した事実は、原判決九丁表一〇行目から同丁裏五行目までと、同一〇丁表七行目から同一一丁裏八行目までに認定説示するところと同一であるからこれを引用する(但し、同九丁裏五行目の「争いがなく、」を「争いがない。」と訂正し、また同一一丁表七行目の「右書面を」の上に「昭和三二年一月二九日」と、同八行目の「送付したこと、」の次に「(この事実は当事者間に争いがない。)」と、同一一丁裏八行目「措信し難く、」の次に「他に右認定に反する証拠はない。」とそれぞれ付加し、また同行目の「また、」から同一二丁表五行目までの部分を削除して引用する。)

(二)  右の争いのない事実及び認定事実によると、控訴人は、東京国税局長を名宛人とする審査請求書と題する書面を控訴人に提出して、本件更正処分に対して不服を申し立てる趣旨を明らかにし、また被控訴人においても、右書面を受理し、さらに訂正、補正等を命じてこれを再調査の請求として取り扱おうとしたのであるが、控訴人があくまで審査の請求をする旨を固執して右訂正等に応じなかつたため、結局、右請求書は被控訴人によつて再調査の請求として取り扱われなかつたものと認められる。

(三)  ところで控訴人は、右請求書は再調査の請求の趣旨であつたのであるから、そのようなものとして取り扱われるべきものであつたとして種々主張するので、順次判断する。

(1) 控訴人の当審における2(一)の主張について。

(ア) まず、請求書の記載内容が、控訴人が右2(一)の(1)において主張するとおりであることは当事者間に争いがない。しかし、請求書の表題及び宛名が、前記(一)認定のとおりであることからすると、控訴人の意のあるところが書面の記載のみから直ちに明らかであるとはいえないというべきであるから、この請求書の記載内容の一部分のみをとり出して、控訴人がこれによつて当然に再調査の請求をする趣旨であつたとすることはできない。次に成立に争いのない甲第五四号証中に、控訴人の指摘にかかる証言部分があることは、明らかであるが、しかし、右指摘部分を同号証中の他の証言部分及び前示証人住友の証言と対比して考えると、証言中に「再調査の請求」とあるのは右請求書のことを誤つて述べたにすぎないことが明らかである。また、控訴人の主張2(一)の(3)及び(4)の事実は当事者間に争いがないが、これらはいずれも右請求書が東京国税局長に送付された後になされたものであることは控訴人の主張自体から明らかであり、しかも、これらの控訴人の行為が再調査の請求をしたことを前提とするものであることを認めるに足る確証もないのであるから、これらの事実を以て、控訴人が再調査の請求をする意思であつたとはいえない。また、控訴人の主張2(一)の(5)の事実は、仮りにこれが存在したとしても、それが当然に本件更正処分に対する不服の申立てと関連するものとは認め難いのみならず、この事実によつて当然に控訴人に再調査請求の意思があつたものと推認することも困難である。

このように、控訴人の挙げる(1)ないし(5)の事実によつては、右請求書を提出した際、控訴人は再調査を請求する意思であつたと認めることはできない。

(イ) 一方、被控訴人が控訴人に対しその主張のとおり二回にわたり補正を命じたことは当事者間に争いがない。しかし、前記争いのない事実及び認定事実ならびに弁論の全趣旨によれば、第一回の補正命令(成立に争いのない甲第二号証によるもの)は、控訴人が右請求書を再調査の請求に訂正することを予期してしたものと認められるし、また第二回の補正の命令には、成立に争いのない甲第三号証によれば、当審において被控訴人が指摘するような文言が特に記載されていたことが明らかであるから、二回にわたり補正を命じたという事実だけから、被控訴人においても右請求書を再調査の請求として取り扱つていたとするのは相当でない。

そうして、被控訴人としては、前記のようにその趣旨が必ずしも明らかでない書面が提出された場合には、提出者の意思が明らかになるまでは、出来るだけこれを提出者の利益になるように、換言すれば所得税法所定の不服申立の手続にそうように取り扱うのが相当であつて、この観点よりすれば、被控訴人が前記のとおり控訴人の請求書を受理し、かつ右のように補正を命じたことはむしろ当然というべきである。しかし、前認定のとおり控訴人の意思が再調査を請求するものではないことが判明した以上、被控訴人としては、爾後この請求書を再調査の請求として取り扱うことができないことはいうまでもないところであるから、右のように被控訴人が控訴人に補正を命じた事実は控訴人提出の請求書が再調査の請求であるかどうかを認定するについて決定的な意味をもつものとはいえない。

(ウ) 従つて、控訴人のこの主張は前記(二)(理由中の(二))の認定を左右するものではない。

(2) 次に控訴人の主張2(二)について

控訴人の主張は、要するに、東京国税局長は控訴人の前記申請を却下する決定をすることによつて、控訴人の不服申立を同局長に対する審査請求とみなしてしたものであり、しかも、審査請求をしたものとみなされるのは、再調査の請求をしたことを前提とするものであるから、本件において控訴人が再調査の請求をしたものとされたことはこの点からも明らかであるというのである。

所得税法四九条によれば、白色申告者である控訴人は、同条四項一号又は二号によつてその適法にした再調査の請求が審査の請求とみなされる場合でない限り、本件更正処分につき税務署長に対する再調査の請求をしないで直接国税局長に対し審査の請求をすることができないことが明らかであり、また、国税局長において再調査の請求を経ないでなされた審査の請求について、その瑕疵を宥恕してこれを適法なものと取り扱うことを認める規定はない。

ところで東京国税局長は前認定のとおり控訴人に対し書類の補正を命じこれに応じないことを理由に審査請求却下の決定をしているので、一見同局長に対し適法な審査請求がなされたものとして取り扱われたものと見えなくもない。しかし、右却下決定に至る経緯は既に認定したとおりであつて、この経緯によれば控訴人において被控訴人に対し再調査の請求をするものではなく直接同局長に審査請求をする意思を明らかにしているものと認められる以上、控訴人の前記請求書による審査請求は不適法という外ない。ただ、国税局長が右請求に対してとつた措置は明確を欠き、また前記却下の理由は首肯し難いものではあるけれども、当時の法制の下においては、これらの事実によつて、右請求を適法な審査請求と認めることのできないことは、前述のとおりである。しかも、控訴人が本件更正処分について被控訴人税務署長に対し適法な再調査の請求をしていないことも、既に認定したとおりであるから、果しして同法四九条四項各号の要件が備つているかどうかについて判断するまでもなく、本件においては、控訴人が審査の請求をしたものとみなされると判断する余地もないものというべきである。

以上のとおり、控訴人は適法に東京国税局長に対し審査の請求をしたものとは認められないのであるから、適法な審査請求があつたことを前提とする控訴人の主張は理由がない。

(3) 所得税法五一条一項本文によると、控訴人が本件更正処分の取消しの訴を提起するためには、原則としてまず被控訴人税務署長に再調査の請求をし、ついで東京国税局長に審査の請求をし、審査の決定を経なければならないことが明らかであるが、叙上の認定判断によれば、控訴人においては、本訴につき、この要件を充たしていないというべきである。なお、東京国税局長がした前記却下の決定は、前記のとおりその理由においては首肯し難いものであるが、いずれにしても不適法な審査請求を排斥すべきものとする結論においては正当であるべく、このような不適法な審査請求を却下する決定が、右条項にいう審査の決定にあたらないことはいうまでもない。

3  さらに訴訟人は所得税法五一条一項但書により、審査請求等不服申立手続を経ないで本訴を提起することができる、と主張するので判断する。

(一)  控訴人はまず、控訴人のした(ないしはしたとみなされた)審査請求に対し東京国税局長は決定をすることなく三か月を経過したので右但書前段の適用があると主張するが、控訴人が同局長に対し、適法に審査の請求をしたものではなく、またこれをしたものとみなされるものでもないことは、既に認定したとおりであるから、右の主張はその前提を欠き失当である。

(二)  さらに控訴人は、本件においては不服申立手続を経ないで提訴できる同条但書後段所定の「正当な事由」があると主張する。しかし、同条但書後段が「再調査の決定若しくは審査の決定を経ることに因り著しい損害を生ずる虞れのあるときその他正当の事由があるときは、再調査の決定又は審査の決定を経ないで訴を提起することができる。」と規定するところからみれば、右の正当の事由があるといえるのは訴願前置を原則的、一般的に当事者に要求することが、かえつて制度の本旨に反して、著しくその利益に反し具体的衡平に欠けるとか、訴願前置を要求しなくても、これを原則とする制度の趣旨に反しないような特段の事情が訴提起の際に存在する場合を指すものと解するのが相当である。この観点に立つて控訴人の主張を考えるのに、控訴人が正当の事由にあたるとして主張する事実(すなわち、貸倒れ損失発生の事実)は、本訴提起後数年を経てなされた裁判上の和解という事実によつてはじめて生じたものであるばかりでなく、控訴人の主張によれば右の事実は、結局本件更正処分が適法であることを理由づける一つの事実にすぎないのであるから、控訴人が縷説するところを考慮に容れても、これを右の特段の事情にあたるものと解することは困難である。そのほかに、右「正当の事由」があることについては、何も主張立証がない。従つて、この主張もまた理由がない。

二、叙上のとおりであるから、控訴人の本訴は、結局所得税法所定の訴願前置の要件を欠く不適法なものというほかない。従つて右訴を却下した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、民訴法三八四条によりこれを棄却し、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石健三 裁判官 川上泉 裁判官岡松行雄は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 白石健三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例